[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
息がかかる.
見開く視界いっぱいに広がるルルーシュの瞳,長い睫毛.
それに映っている自分.
硝子のように綺麗なそれに映っているのは驚愕の表情を浮かべている僕.
近づくルルーシュが何を思っているのか全く理解できなかった.
でも,何をされるかというのは理解できていた.
顎に熱い手がかかったときからわかっていた.
キスされる.
そのことに関して嫌悪や不快を感じることはなかった.
その手を振り払うという選択肢もなかった.
キスされる.
その事実だけが頭を駆け巡る.
『photography 02』
ゆっくりと瞳を閉じた.
5……4…….
ルルーシュとの距離をカウントする.
3……2…….
それは長いようで短い距離.
微かな吐息と夕日が僕を包み込む.
知らず,デスクについていた手を握り締めていた.
1……
ダンッ!
「!」
「っ!」
突然舞い込んできた音に僕は目を開き,ルルーシュは反射的に距離を取る.
離れたはずなのに,存外近くにルルーシュの顔があって,急に照れや羞恥などが襲って来て慌てて顔をそらした.
(な,何をしようとしていたんだ,僕たちは……っ)
デスクの上で拳を作り固くなっていた手を無理矢理開けて口元を覆う.
越えてはいけない境界線を踏み外すところではなかったか.
幾ら雰囲気に飲まれたとはいえ,これはどう考えてもまずいんじゃ….
触れた場所から伝わる温度は熱くて,それだけで自分の顔がどんな状態になっているのか想像するのは容易だった.
顔が上げれない.
きっと,真っ赤だ.
けれど,嫌でも視界に入るルルーシュを意識してしまう.
ルルーシュの気配,呼吸,心臓の音が聞こえてしまうほど近くにいるこの状況でどう動いていいのかわからずそのまま立ち尽くすしかない.
気まずい沈黙が二人の間に流れる.
口を開いたらいいのか,開いたとして何と声をかけたらいいのか,僕も恐らくルルーシュもそのことばかり考えて行動できないでいる.
そういえば,さっきの音は何だったのだろう.
渾身の力をこめて壁を蹴り上げたような凄まじいものであったが….
「あの,ルルーシュ,さっきのは……」
ダンッ!
「誰か,いるのか? その…隣の部屋に」
ダンッ! ダンッ! ダンッ!
話している間にも騒音といってもいいそれは納まることなく,寧ろ激しさを増すばかりである.
振り返って壁を見る.
隣の部屋は確か空室だったと思うが,お客さんでも待たせているのだろうか?
咲世子さんやナナリーがこんな乱暴なことをするとは思えない…なら誰が?
「ルルーシュ,行ってあげたほうが……」
動かず,返答もしない彼へ視線を向ければ,般若のような形相で壁をにらみつけていた.
心の底から怒っている,その表情に思わず息を呑んだ.
温厚とはいわないが,ルルーシュがここまであらかさまに感情を表に出したのは初めてではないだろうか.
益々壁の向こう側にいるのが誰なのかわからなくなる.
例えそれが嫌悪であったとしても,ルルーシュをここまで動揺させることのできる人物を僕は知らない.
知りたい,と思う.向こう側に誰がいるのか問いたい.
けれど,それを聞いてしまったら何かが終わってしまうという予感もした.
制服の裾を少し引いて問いかける.
「ルルーシュ」
「………っ!」
「誰がいるのかは聞かないから行ってあげたほうがいい.何やら鬼気迫っている状況のようだ」
「しかし…」
「僕のことは気にしないでくれ.邪魔なら写真はまた今度一緒に見よう」
「いや,すぐに終わらせるから待っていてくれ.好きにくつろいでいていいから」
「そ,そうか…なら,プリントアウトしても?」
「あぁ,構わない」
「了解」
「咲世子さんにお茶を持ってきてもらえるように頼んでおく.何かリクエストはないか?」
「お気遣いなく.ルルーシュに任せるよ」
「わかった」
名残惜しげに離れたルルーシュにひらひらと手を振り見送ってから,パソコンに向かった.
「はあ,何をしているんだ僕は……」
マウスを握った瞬間ため息と共に肩から力を抜く.
本当は頭を抱えてしゃがみこみたい気分だった.
普段通り振舞えただろうか.
大丈夫,ルルーシュからは怪訝な表情は見られなかった.
あのまま帰ればよかったと,数秒前の自分に対して激しく後悔する.
ルルーシュが部屋に戻ってきたとき,どんな顔をして会えばいいんだ.
「……引き止められるなんて思っていなかったんだ」
騒がしい物音は止み,静寂が戻りつつある部屋の中で吐き出したため息だけが重苦しい空気を呼び込む.
ルルーシュと話がしたくて,その口実に写真を使ったのは間違いだったかもしれない.
あんなことになってしまうなんて….
いつかは此処を離れなければならない存在.
誰かと深く繋がってはいけないと,わかっているのに.
「はあ」
スザクがここにいたのなら,「ため息をつくと幸せが逃げていっちゃうよ」くらいのことは言うのだろう.
僅かしかない幸せに逃げられては困る.
唇にかかった吐息,顎に添えられたルルーシュの手の感触を振り払うように頭を2,3度振る.
ルルーシュはあまり気にしていない様子だった.
僕が一方的に意識してぎくしゃくした関係になるのだけは避けたい.
気を取り直して,マウスを操作する.
プリントアウトするといったのだ,していなかったら何かあったのかとルルーシュに問い詰められる.
液晶に映し出されるのは色とりどりの写真.
時間も場所もさまざまだが,みんな笑顔でとても楽しそうだ.
何度も見返したそれを,もう一度一枚一枚じっくりと見直す.
写真は好きだ.
見るのも,撮るのも.
思い出を閉じ込めることができる.
あやふやな記憶ではなく,いつでも確認できる形として残すことができる.
そこにみんながいて笑っていたことの証明になる.
例え,何時かこの瞬間の記憶がなくなったとしまっても証拠としてこれが残るように.
だからこそ,此処に写っていい者は限られる.
記憶として残っていい者.
記憶として残らない者は此処に閉じ込められる権利さえ,ない.
To be continued...