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空.
どこまでも広がる青い,青い,空.
海の上から見る空はどこまでも澄んでいて広い.
甲板に寝転がって眺めていると,海の上をたゆたっているのではなく,空を飛んでいるかのような錯覚を覚える.
静かな空間,静かな場所.
心地がいい.
瞳を閉じたら寝てしまいそうな感覚にそっと身をゆだね……….
ドゴーンッ!
「うわああああああああ!」
「ちょ,玉城! なにやってるのよ!」
「なにって,なんもやってねーよ!」
「嘘つかないでよ! 何もやってないのここんなことおきるわけないじゃない!」
「カレン,玉城を責めるのは後だ,それよりも先に消火活動を…!」
「そうですね.扇さん,消火器持ってきますから玉城が逃げないように見張っててくださいね! あ,ライ!」
「…………」
「そんなところで寝てないでこっち,手伝ってよ!」
……ることができればよかったのだが,黒の騎士団の毎日は騒音と怒声と大騒ぎでできている.
此処でそんな穏やかな時間を送ることができると思うのは夢のまた夢なのだろうか.
「ライ! ライってば!」
「はいはい」
「はいは一回! 貴方,ルルーシュのがうつったんじゃないの? それよりも大変なのよきて!」
名残惜しげに立ち上がる.
ああ,久々の休息だったのに….
『思ひ出ぽろぽろ』
「で? なにがどうしてこうなったんだ?」
隠せない苛立ちを露にしつつ,できるだけ穏便に済ませようという理性だけでなんとか声を荒げることはなかったが,けれどやっぱり一発だけでもこのお騒がせ野郎を殴ったほうがいいかもしれない.
誰より何より己の精神安定のために.
事件は僕の部屋の前で起こった.
玉城がラクシャータさんに頼まれた「揺らしたり倒したりしちゃだめよ~.とーんでもないことになるんだからぁ」という物品を落としたのが全ての始まりだったらしい.
そんな物騒なものを玉城に任せるラクシャータさんもラクシャータさんなのだが,実際そのときに手が空いたものが玉城しかいなかったのだから仕方がない.
もしも,過去に戻ることのできる装置をラクシャータさんが作ってくれたのなら,30分前ののんびりまったりしている自分自身に向かって「寝ている暇があったらラクシャータさんに張り付いていろ!」と頭を蹴り飛ばしてやりたい気分だ.
改めて艦内の惨状を見る.
カレンや扇さんの迅速な対応により被害は最小限に抑えられていた.
場所も浸水の恐れのない潜水艦の上部であったこと,そしてちょうど海面に出ていたことも不幸中の幸いだと言っていいかもしれない.
あらゆる幸運が重なって怪我人も無かったことに感謝する.
感謝はするが,唯一被害にあった僕の部屋は,ドアが爆破され,書類や本燃え,それを消火するために散布された水やら消化剤やらで見るも無残な状態になっていた.
「玉城,僕は気が短いほうではないけれど,自分の部屋をぐちゃぐちゃにされて怒らないでいられるほど穏健でもないんだ」
しどろもどろになった玉城にできるだけ穏やかに,にこやかに問いかける.
いつもどおりににこりと笑っているはずなのだが,玉城の視線は空を彷徨い,口は開いては閉じるを繰り返している.
以前ミレイさんに笑顔は要練習といわれたが,今は大分マシになっていたはずだ…なのになぜ?
「だ,だからよー…」
「だから,なんだい? 理由によっては暴力を振るうのもはばからないつもりだから言葉を選んで事実を伝えてもらいたい」
「う……」
「ライ,その笑顔怖いわ….た,玉城だって悪気があったわけじゃ…」
「カレンは黙ってて」
「はい…」
「大体,ラクシャータさんのものなのにこれだけ小規模の爆発で済んだということが解せない.玉城,何かに使おうと持ち出したんだろ,違うか?」
「あー…いや,その……なんつーか,な?」
「往生際が悪いぞ,玉城」
「ほんっと,悪かったって! ちょっと,試してみたくなってよ,こんなはずじゃなかったんだ!」
「試して何がしたかったんだ?」
「それはー………,いろいろ! 色々だよ! なんだっていいだろ! ライだって人に言いたくないことの一つや二つあるだろ!」
「-……つまり,玉城は言いたくないことの一つや二つのためにラクシャータさんのものを勝手に持ち出し,あまつ,僕の部屋を爆破したと.そういうことでいいんだな」
「だ……,だったらなんだよ」
怒気を効かせて詰め寄ると白状したにはしたが,その目的はいまだ不明のままだ.何があろうと絶対に口を割らないという態度を示している.
彷徨わせた視線をちらちらとカレンに向けているところを見ると,純粋に言いたくないだけではないのかもしれない.
カレンにだけは聞かれたくない,カレンに聞かれてはまずいという雰囲気だ.
そういえば,つい先日藤堂さん等に風紀が乱れるからと玉城ご愛読のグラビア雑誌が没収されたという話を聞いた.
それは玉城の大変お気に入りだったらしく,なんでも黒の騎士団以前からの持ち物だそうだ.
「今書店に並んでいるのはブリキ野郎ばっかりで…ま,まぁムチムチねーちゃんでもいーんだけどよ,やっぱこれだよこれ!」
とか熱弁されたことを思い出す.古ぼけた写真集で,年代を感じさせるものであったが玉城がそれをどれほど大切にしているのかはなんとなく伝わってきた.
ただ,それが名だたる文豪の書いた著書だったらどれだけいいのだろうかと考えながら聞いていたためにあまり内容は覚えていなかったが.
「…………」
はっとして玉城を凝視する.
「急に黙りこくってどうしたんだよ,気持ち悪ぃな.片付けるのちゃんと手伝うから勘弁してくれよ」
「…………」
まさか.
もしかして.
いや,でも絶対という確信を持てる.
藤堂さんの部屋はこの廊下を進んで左に曲がったところにある.
つまりは…そういうことだ.
「玉城,このことはゼロに報告させてもらう」
答えが見えた瞬間,頭の中で何かが弾けた.
それは堪忍袋の緒であるかもしれないし,無数に走っている血管の一本だったのかもしれない.
ぽかんとしている玉城とカレンを後にしてすたすたと歩き始める.
向かうはもちろんゼロの執務室.
「うえ? わー! ちょ,ライ! ちょっと待て! なんでそーなんだよ!」
「何でもなにもないだろう! たかがグラビア雑誌一冊のために僕の部屋が爆破されたんだぞ? あの中にはナナリーからもらった折り紙とか,生徒会皆で取った写真とか,制服とか,ミレイさんからいただいた本とか色々いっぱい大切な思い出があったんだ! それを…それを,あんな小汚い春本如きに塵にされたんだぞ! 軍法会議ものだ! 公の場で裁いてもらわないと気がすまない!」
「わーわーわーわー! きこえないきこえなーい! てか,あれは超レアものの大変なお宝本なんだぞ! それにライの部屋を爆破しちまったのは,その…不可抗力,不可抗力なんだー! だからゼロには,ゼロだけには言わないでくれ!」
「僕の知ったことか! 没収されたらまずいものなら見つからないように保持しておくべきだろう! それに玉城がそんな本を所持していることなんて誰もが知っていることだ! いまさら恥ずかしがるな!」
「ゼロの俺に対するイメージがー!」
「そんなもの元から地に落ちている!」
「ひでぇ!」
入り組んだ廊下を左右に曲がり,司令室へと向かって階段を登っていく.
追いかけてくる玉城を振り払うためにそれなりの速度で歩いているのだが,向こうもそれなりに真剣なようで何とかついてきていた.
あらゆる部屋で作業をしていた団員がどうした? と顔をのぞかせたがそれら全部を無視し続けた.
玉城が団員からどう思われようが関係ない.
この男は僕の大事なものをうっかりミスだけならともかく,よこしまな思いを持って吹き飛ばしたのだ.
これを怒らないで,いつ怒ればいいというのだ.
「折り紙なら俺が折るから! 鶴か? 兜か? 何ならヤッコさんだって…」
「玉城が作ったものなどいるか!」
「さっきからひでぇって!」
「ひどくない!」
「何を騒いでいる!」
「うっわ! と,藤堂さん…」
ぎゃいぎゃい騒いでいるのが耳に届いたのだろう,部屋からぬっと巨体が出てきた.
それほど声を荒げていないのに僕も玉城もぴたっと立ち止まる.
空気が一瞬にして張り詰めた.
たゆんだ糸が張られたイメージ.
この人の存在は人を律する力を持っている.
この人についていけば安心だと,言葉でも態度でもなくそう思わせるのだ.
もちろん,それには奇跡の藤堂という肩書きがあることもあるのだが.
彼一人,いてくれるだけで騎士団は民間のテロリスト集団ではなく軍であれる.藤堂とはそういう男なのだ.
「何があった.君がそんな大声を上げて廊下を歩くだなんて…さっきの爆発と関係が?」
「此処まで聞こえていたんですか」
「まあな.ラクシャータがあのくらいなら心配要らないと言っていたから大事にはしなかったが,敵襲か?」
「いえ,犯人はこの後ろの男でして」
「後ろの男?」
藤堂さんが玉城を見る.
ゼロとあわせて藤堂さんにもこっぴどくしかられればいい.
玉城がしかられたところで僕の思い出の品々は戻ってこないわけなのだが,それでも多少の腹の虫は納まるだろう.
後のことはその後考えよう.
ああ,でもナナリーの折り紙は本当に大事にしていたんだけどな….
僕も藤堂さんに習って玉城の表情を見ようと振りかえった.
「…………あれ?」
「誰もいないようだが?」
が,そこには人はおろか,誰も何もいなくただの鉄に囲まれた空間だけが広がっていた.
頭の上から藤堂さんの声が響く.
そう,そこには誰もいなかった.
「…………クッ」
あの下郎,逃げやがった….
よほど私を怒らせたいとみえる,玉城真一郎.
よかろう,ならば思う存分いたぶってやる.
骨身にしみるまでな.
「藤堂さん,少し,用事ができました.後ほど戦艦内にちょっとした断末魔が聞こえるかと思いますが,整備不良ということでお気になさらぬようお願いします」
「あ,あぁ.承知した」
呆ける藤堂を後に残してその場を去る.
広い戦艦内だが,玉城が隠れるところなどたかがしれている.
それまでの隠れんぼをせいぜい楽しむがいいさ.
見つかったが最後だという恐怖を抱きながらな.