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夢色 - after glow -
気づいたら空を眺めているのは,記憶を失う以前からの癖だったのか,こちらで生活するようになってついた習慣なのか.
今日もライはアッシュフォード学園の屋上からエリア11の景色を眺めていた.
租界とゲットー.均整と破壊.作られていくものと忘れ去られていくもの.
見せしめのようにそこにある大地は以前は日本人と呼ばれていた人たちのものであったらしい.
それをブリタニア帝国という強大な力が侵略し,占拠したのだ.
どこにでもある戦争と略奪の公式だ.今更珍しくもなんとも無い.
だからこそ,悲しく思う.
人はどれほどの年月を重ねても文明がいくら進化しようとも,同じ過ちを繰り返し続けることがとても悲しい.
そしてライ自身もその歯車の一端を担っている存在だった.
ナイトメアフレームランスロットクラブのデバイサーとして特派に入ったのはもうずっと昔のように感じられる.
争いを嘆きなら争いに身を投じている.争いの中での高揚感に浸っているときだってある.生きるか死ぬか瀬戸際の戦いだというのに不謹慎だと思うのに,本能が争いを求めているのを止められはしなかった.
「あー,やっぱり.ここにいると思った.ルルーシュといい君といい,屋上が好きだよね」
不意に背後から声がして振り返るとスザクが居た.いつものようににこにことした無邪気な笑顔を持って「何か考え事?」と直感からそう思った口ぶりで本質を見抜いてくる.
「今日は軍の日じゃなかったか?」
口調が苛立ったものになったのは,今一番会いたくない人物だったから.
独りになりたくて此処に来たのに,スザクはそれをなかなか許してはくれない.
思えば最初からそうだった.記憶が無くて何から手をつけていいのかわからず租界を彷徨っていたときも,ゲットーの惨状を見に行ってみたときも,スザクは追いかけてきていたようにやってきた.冗談じみて「つけてたんだ」といってはいたけれど,彼も忙しい身だ,そんなことはありえないと重々承知している.
「セシルさんが今日は待機の日だから帰っていいって.早めに終わったから遊びに行かないか誘おうと思ったけど生徒会室にはミレイさんたちしか居なかったし,皆探してたよ.黙って出て行っちゃだめじゃないか」
スザクの顔を見る.やっぱり心配そうな顔をしていた.
時々,本当に時々だがそんな顔をされるのがひどく迷惑に思うことがある.だから顔をそらす.今は,見たくなかった.
誰かに心配されることも,気にかけてもらうことも今までになかった………ように思う.
そういう優しい感情にどう対処していいのかわからない.
悲しい世界は変わらないのに,ここにい居る人たちはこんなにも暖かい.
素性が知れず,記憶も無く,拘束着を着ていた己を何の気概も無く迎え入れた無用心さは飽きれるほどだったが,泣きたくなるくらいうれしかったのも事実だ.
大切にしたい.力になりたい.そう思う判明,負の感情もわきあがって押しつぶされそうになる.
壊してしまう.歪めてしまう.無くしてしまう.自分の力が,孤独にする.
恐かった.ただひたすらに,スザクを含めたあの人たちを傷つけてしまうのが.だから距離をとろうと,これ以上近づかないようにしようとするのに,どうしてわかってくれないのだろう.この人たちは恐れもせずに関わってくる.心配して迎えに来てくれる.
「ライ?」
こんなに心地よく名前を呼ばれたことは無かった.記憶が無いのでそれが当たり前なのだが,戻ってもきっとそう思うんだろう.
なぜならこんなにも胸が高まるから.体の芯から,頭の奥から歓喜するのだから.
「何かあったの?」
「別に.それよりさっき君は僕とルルーシュがよく来ると言っていたが,その中に君も含まれているとは思わないのか?」
「僕も?」
「君は気分が沈んだときや悩みがあるときは此処に来るだろう」
何度か哀愁の漂った背中を見たことを思い出す.声をかければよかったのだろうが,近づいてほしくないという空気に負けていつもその場を後にしていた.
とても寂しそうで苦しそうな横顔は,夕日を浴びてより孤独を強調しているようで心もとなかったが,もう一歩踏み出す勇気が僕には無かった.
言葉を口にした後,スザクがなかなか話し出さないので少々不安になってそらしていた視線をゆっくりと元に戻す.人の顔をみて話すのは苦手だ.どこを見ていいのかわからなくなる.
スザクはきょとんともぽかんとも表現し辛い表情をしていて,そうして,何故だろうか,心底うれしそうに微笑んだ.
「やっぱり君はすごいな」
「何故そうなる?」
「僕が考えごとをするために此処に来てるって事をこんなに短い間で見抜いちゃうなんてさ,ルルーシュでさえまだ気づいていないのに」
「彼は知っていて言わないだけだろう」
ルルーシュ・ランペルージ.アッシュフォード学園の生徒会副会長をしている人物.ミレイさんと共に自分を拾ってくれた人でもあり,現在同じクラブハウス内で寝起きを共にしている仲でもある.妹思いの優しいお兄さんといった風貌は女生徒に人気があるらしく,追いかけられて息せき切っている姿を何度か見かけた.優しいが,シビアな多くは語らない人物であるように思う.何かを守るために何かを隠し,何かと戦っている.ルルーシュはいつもそんな瞳をしていた.
それに対してスザクは…
「ルルーシュの性格まで見抜いてるなんて,やっぱりすごいよ」
「スザク,君は僕をどうしたいんだ?」
能天気というか,野生的というか,何も考えていないわけではないのだろうが口にする発言はしっかりと思考してからの言葉ではないように思える.
「どうしたいって?」
「褒めても何もでないということだ」
「そんなつもりで言ったんじゃないよ.そう思ったから言っただけ.それよりもさ,出かけない? 最近忙しくって租界を歩いていないだろ? 僕が案内してあげるからさ」
「なんで僕が,君と」
今度は僕が驚く番だった.きっと先ほどのスザクのようにひどくほうけた顔をしていることだろう.
けれど理解できなかったのだ.スザクがそんなことを言い出す理由が.
学校の中なら学友.軍では同僚とそれぞれ肩書きがある.学園の外に出てしまったらお互い関係も何も無い赤の他人ではないのか?
「友達だからという理由じゃだめかい?」
「…………….え?」
「僕とライとは友達だろ? ルルーシュ意外の男友達ってリヴァルとライくらいしかいないからさ,だから力になってあげたいし遊びたいって思うのは変……かな?」
「…………」
「ライ? 顔が赤いよ? 熱でも…」
「熱は無い! 熱は無い……が,君って人は………」
「ん?」
小首をかしげるスザクを見ていられなくて,両腕で顔を覆った.
「君って人は……」
なんて恥ずかしい台詞を素面でいう男なんだ….
顔を隠してそっぽを向いたのに慌てたスザクが,うろたえながらわけもわからないくせに謝り続けているのを聞きながら僕は自分の心臓の高鳴りをおさえようと必死になっていた.
『友達』
だなんていわれたのもはじめてだった.『友達』という概念が抜け落ちていたくらいだ,そういったものにもかかわり無く生きて生きたんだろう.
それがどんなに寂しい人生だったかなんて今まで思ってもみなかった.それもそうだ.はじめから無かったものに焦がれることはできない.
だけど手に入れてしまった.それが名前を呼ばれるよりも,心配されるよりも幸福なことだと知ってしまった.
ああ,こうやって僕の知らない世界を一つ一つ君が空けていくから,僕は君から離れられなくなっていくんだ.
「ライ,本当にごめん.何か気に障ることでも言ったのなら謝るよ,だから…」
「変だ」
「?」
「さっき僕に聞いただろう,変か? と.その答えだ」
深呼吸を大きく2回して,何とか心に平常を取り戻しながらスザクの脇を通って扉に向かう.
「だが,僕は変なやつは嫌いじゃない.租界を案内してくれるのだろう? 僕も見たいものがいくつかあるんだ,案内してくれると助かる」
初めてできた『友達』に,心の底から微笑んでいった.思えば素直に笑ったのもこのとき初めてだったかもしれない.