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『テレフォン ナンバー』
「ん………」
耳元で電子音がうるさく鳴り響いている.
睡眠の中で一番深いところにいたらしく,なかなか意識が覚醒してきてくれない.
布団の中に納めていた腕を伸ばして携帯を手に取り,相手も確認しないまま通話ボタンを押した.
ほとんど無意識的な行動.
軍属していると緊急指令が出ることは少なくない.
それに,ナナリーからのプライベートコール-ナナリーの着信音だけは別にしている-でなくてもナナリー関係で何かあったのかもしれない.
頭が回っていなくても体が反応して行動してくれる.
「…………はい…」
「お,出た.よぉライ,寝てたのか? 今さー,学園祭ってのにアーニャと来て……」
ブチッ.
受話器の向こう側から聞こえる喧騒の中,至極楽しそうな声を耳にしてこれもほとんど無意識レベルで電話を切った.
電話を枕の下に突っ込み,もう一度瞳を閉じる.
しかし,しばらくもしない内にリリリリリリリリと煩わしい音と振動が頭を揺らした.
「………っ.なんだ?」
「ライ,今,舌打ちしただろ」
「………僕はさっき寝たところなんだ」
「で,さっき起きたと.寝起きのライの声ってめちゃくちゃエロいよな」
「切るぞ」
「わー,ちょ,タンマ!」
慌てふためくジノ・ヴァインベルグの声を聞き流しつつ,重い瞼を閉じたまま,このまま眠ってしまおうかとも思案する.
何故,スザクでもアーニャでもセシルさんでもなく-この際ロイドさんでも構わない-よりにもよってジノなのだ.
ジノだと知っていれば,とらなかったのに.
「………で,何のようだ?」
数日前のことを思い出す.
あれは…そう,あれはナナリーと庭園でお茶をしながら折り紙して,スザクはそろそろ日本に着いている頃だねと話をしている時だった.
一日の内で一番心安らげるナナリーと僕との大切な時間.
誰にも邪魔されないように個人宅の庭園でつかの間の休み時間を満喫していたというのに,訪問者は気も使わなければ,雰囲気も読んでくれないまま僕に抱きつき,言った.
「ライー! なぁなぁ,スザクがエリア11に行っちまって暇じゃん? だからさ,俺たちも行こうぜ.イレブンの王様も気になるしさ.ライだってどうせ来週行くんだろ? どうせなら一緒に行こうぜ.ライのクラブもユニットつけたんだろ?」
それから,名案を思いついたといわんばかりのジノにナナリーを置いていけるわけがないと説得するのに何時間もかかった上,貴重かつ大事な時間はジノとの攻防に費やされ,ナナリーとゆっくり話をする間もなくなってしまった.
そのことについて僕は大変遺憾に思っている.
思っていた,ではない.
現在も進行して思っているのだ.
しかし,ジノは僕が怒っているとは微塵も考えず,僕が寝ていることも考えず,弾んだ声でプライベートコールをかけてきた.
「いや,学校のお祭ってのに来てんだけど,意外に楽しいな庶民の学校って.ナイトメアでピザ作るとか,アイスとか,もぐらたたき…だったっけ? 色々あってさ,最後にはダンスがあるみたいだぜ」
「楽しそうだな」
「ライもやっぱこれば良かったのに」
「その話は何時間もしただろう」
「でも,ライもここの生徒だったんだろ? アッシュフォード学園」
「……僕はもう,アッシュフォードの生徒じゃない.あそこに僕の居場所はないんだ」
「それでもさ,そう思ってるのはライだけかもしれねーぜ?」
「え?」
「で,何が欲しい?」
「は?」
「土産だよ.アーニャと二人でライが何喜ぶか見て回ったんだけどさ,いまいちピンとこなくて」
「別にいい.その気持ちだけでうれしいよ.二人ってスザクは一緒じゃないのか?」
「スザクは生徒会の仕事があるってさ」
「そう………」
アッシュフォード学園のみんなのことを思い出す時,浮かぶのはみんなの笑顔,笑い声,陽だまりのように優しく暖かい空間.
始めてできた居場所,友達.
人の温かさを知り,戦うことだけが強さじゃないことを知った.
どれも大切な,忘れたくないいい思い出ばかりだ.
スザクが生徒会に再び所属していることは勿論,学園が学園のままそこにあることが嬉しかった.
ジノの声の後ろの声に耳を傾ける.
目を閉じれば思い出せる懐かしい喧騒.
人を呼び込むために叫んで,物品が足りないと怒って,でも,まぁしょうがないかと笑っている学園,そのものの姿が聞こえてくる.
本当に,楽しそうだ.
「そんなにスザクの声が聞きたいのか?」
「?」
「そんなにスザクの声が聞きたいのかって聞いたんだよ」
強く低い声が飛び込んできた.
さっきまで上機嫌だったはずのジノが明らかに不機嫌になっている.
怒っていたのは僕のほうだというのに何故ジノに問い詰められているのだろう.
しかも,心当たりが全くない.
一言でもスザクと話がしたいと言っただろうか?
「そんなんじゃない」
「どーだか.ま,どっちでもいいけどさ」
「何故ジノは怒っているんだ?」
「別に,怒ってなんていませーん」
「じゃあ,何故拗ねているんだ」
「拗ねてもねーよ」
「どう考えても拗ねているだろう.ジノ,言ってくれないとわからない.スザクと喧嘩でもしたのか?」
「…………」
しばらくの間.
しかし,電話の奥からは微かにジノとアーニャのやり取りが聞こえてくる.
「アーニャ,ちょっとあっち行ってろって」
「……どうして?」
「どーしても!」
「……私も話,したいのに」
「後でちゃんと変わるから!」
……何をしているんだか.
というか,ジノの後にアーニャとも話をするのか.
二人の会話を聞きつつ,明るくなってきた窓の外を眺める.
今日はこのまま仕事になりそうだ.
「ライ? おい,ライ? 寝た?」
「………起きてるよ.で,拗ねていた理由は?」
人払いをする理由など,思いつきもしないが話がしやすいように促すと,ジノも腹を括ったらしく息を呑むのがわかった.
それにしても,僕はジノに怒っていたんじゃなかったのか.
やることなすこと滅茶苦茶で,子供っぽいジノのことを嫌うどころか,案外気に入っている自分がいることに気づく.
そんなことに,気づきたくはなかったが…確かに滅茶苦茶だけど悪い奴ではない.
何も考えてない風に見えて,戦いながら戦っている.頭は悪くない,と思うのに,育ちが貴族だからか色々なものを馬鹿にした態度をとることがある.
あれさえ直せば付き合いやすい奴なのだが….
「この後アーニャが待っているんだろ? 早くしないとアーニャが痺れ」
「会いたい」
「きらして戻ってくる」
「会いたい.ライに会いたい.我慢できない」
「よ………」
急にジノが熱っぽく言い出すので飛び起きた.
「………ちょ,ジノ?」
待て待て待て待て.
冷静になれ,ジノ,そして僕!
なんで急にそんな話になっている?
なんでジノはいきなりこんな…….
意味もなく部屋の中を見回している自分に落ち着け落ち着けと言い聞かす.
「それなのに,ライは俺が電話しても無視するしさ.だったら夜中にかけりゃ出るかと思ってかけたら怒るし,怒ってんのにスザクの心配はするし.流石に凹むっつーの」
「……………」
「なぁ,ライはさ,どーなの? 寂しいとか,会いたいとか思わねー?」
「そ,そんな,こと…しらな……」
言い聞かしている間にもジノは言葉を続ける.
僕はそれを止める術も知らず,答える言葉も知らない.
電話越しの声.
くぐもった中でも掠れた,誰かを求めてやまない声.
いつもの冗談を言う声ではないそれに,流されそうになる.
かあああああああああっと,顔が赤くなるのを感じだ.
わけもなくシーツ握り締める.
「ライ? なぁライ,聞いてる?」
今日のジノは変だ.
何故.
何故こんなことになった?
スザクがいないと暇だからとジノは日本にいったんじゃなかったのか.
それなのに,会いたいと懇願される理由がわからない.
確かに,ジノから電話がかかってきても無視し続けていた.
だって,ナナリーとの時間を邪魔されたし,それになにより僕は怒ってたんだ.
何に対して?
本当にナナリーとの時間を邪魔されたから?
その場にアーニャもいなかったか?
それは……ジノが,僕よりスザクを……….
って,何を考えているんだ,僕は!
ジノだけじゃない,僕も十分変だ.
頭が回ってない.
寝てないからだ.
ジノが変な時間に電話をかけてくるから,流されそうになるんだ.
「ライ? ラーイー,嘘,マジで寝た?」
「ジノ」
「起きてんなら返事しろって」
「アーニャに代わってくれ」
「え?」
「これからジノからの電話はできるだけとるようにしよう.でもわかってほしい.僕にも仕事がある.執務中はどれないこともあると思う.だから全てとは言わない.けれどとるように努力はする」
「あのー,ライ?」
「もう少しで部屋を出なければならないんだ.今日は朝から忙しい.ランスとクラブの調整もあるし,アプソン将軍と会合もしなくちゃならない.その後…」
「わかった,わかったから! アーニャ! ライが代われってさぁ!」
「ありがとう.ジノもあまり羽目をはずしすぎないようにお祭りを楽しんで」
「ライも約束,忘れんなよ」
その後のアーニャとの会話は覚えていない.
お祭りでいい写真が撮れたから後で送るとか,そんな話をしたと思うが,僕はジノのことで頭がいっぱいで,軽い返事しか返してやれなかった.
「電話しても無視するしさ」
ジノは確かにそういった.
多分,ジノはジノで僕を心配して,多分僕が怒っていることも全部考慮してそれでも電話をかけてきたのに僕が出ないから会わないと心配でたまらないと,声を聞かないと無事でいるかわかないと言いたかったのだろう.
きっとそうだ,そうに決まっている.
僕もナナリーの専属騎士とはいえ,いつ襲撃にあって命を落とすかしれない.
それも時期エリア11の総督が此処にいると知られれば,黒の騎士団が攻めてくるという可能性はある.
いきなり連絡が取れなくなったらそれは心配するだろう.
少しは反省しろと,僕も大人気ないことをしたと反省しなければならない.
だから,だからおさまれ僕の心臓!
アーニャとの会話も終わり,通話の切れた電話を握り締め立てた膝に顔をうずめる.
「会いたい」
ジノの声が耳を掠め続ける.
あんなに熱っぽく,誰かに存在を求められたのは初めてだった.
その後.
「? どうしたのライくん,ひどい顔よ.寝不足なの?」
「いえ…,セシルさん.何でもないです.ただちょっと,朝から考えさせられることがあって.とりあえず,電話がかかってきたらそれがどんなにくだらない内容でも出ようと思いました」
「ふーん.僕はそんな面倒なことはしないけどねぇ」
「ロイドさんはもう少し連絡ついてくれないと困ります.研究室に篭って何日もでてこないんですから! こないだだって……」
「はいはい,悪かったよ.それよりもシュミレーターだよ,今日の相手はトリスタンなんだぁ.クラブでどこまで通用するかなってテスト」
「ト…トリスタン,ですか……」
「うん.トリスタンのパイロットの彼,本気でやってくれないからさぁ,データがぜんぜん取れないんだよねぇ.あっ,そうだ,ライくんちょっと乗ってみる?」
「いえ,クラブで戦うほうでお願いします」
END